気持ちの吐き場所として、Twitterをやっていました。
同じ様な症状の人が沢山いるし、自分の思いを吐き出して整理したいと思ったのがきっかけです。
最初はどんな反応がくるのかわからず、ツイートするのもためらっていました。
ツイートしてもおかしいかも、と思ったらすぐ消してしまったりもしていました。
最初はもちろんいいねはつきません。
次第につぶやくことに慣れ、勇気を出してコメントしたらいいねがもらえて、フォロワーさんが増え、Twitterで仲間と交流できるようになっていきました。
当時は精神的に参っていたので仲間に救われました。
私は一人じゃない、と思えるだけでも全然違います。
ただ、Twitterのデメリットもあって
・情報量が多く全て目を通すのが大変、取捨選択ができない
・人の動向が気になってしまう
・文字数に制限があり、連投すると読むのが大変
・いいねが気になってくる
・人と比べてしまう
・心の病気の人やマイナスなツイートにひきずられる
・依存しやすい
など。
私は全てこれにあてはまりました^^;
いいねがないと寂しくなるし、自分のところにはいいねがついていないのに共通の仲間にはいいねが何個もついている、とか、もしかしたら嫌われることを言ったのではないか、とか、これって私のことを言っているのではないか、とか・・・いちいち人のつぶやきに過剰反応していました。
うつになると、動けなくて横になるけどネットだけはできる、ということが多いです。
日常生活ができないからこそ、身近にあるスマホでネットをみてしまう、という状態になりやすいです。
やらずに寝ていたいのですが、頭がごちゃごちゃしてどうしようもないときに気晴らしとしてつい触ってしまうんです。
そのためスマホ依存になりやすく、人のことも気になり悪循環に陥っていました。
私の場合は、うつで回復途中の人でいい状態(実際のところはわからない)に対して、自分が置いていかれるような気になってしまい。よかったね、とは思うけど焦ってしまいます。
みんながんばってるし、私もがんばろう!とはならず、羨ましく感じてしまいます。
私はまだ全然回復していない、何もできない、何にもなしとげていない、と悲しみに浸っていました^^;
「自分はだめなやつなんだ」、という理由を探すために比べていたのかもしれません。
物事を何が正しいか間違っているかの基準で捉えがちで、この人の言っていることはおかしい!間違っている!と決めつけて、知らず知らずに人を下に見ていることもありました。
うつで思考がにぶっている状態で、流れてくる情報をただ受けているだけなので、ものすごく疲れます。
自我境界線が曖昧なために、他人と自分をきっぱりとわけられない。
正義の押し付け合いや、ただ文句をいいたいだけでわーわー騒ぐ人など・・・ツイッターには様々な人がいます。それに飲み込まれてしまいます。
ひきずられてしまうので、Twitterから離れることにしました。
時間を決めて見ることがどうしてもできなかったのでアプリを削除しました。
最初は気になっていたものの、慣れてくると気にならなくなりました。ためにならない情報を見て時間を費やしていてもったいなかったです。
やめて数ヶ月、久しぶりに開いて気になる人のツイートを読んだときに、以前の「人と比べて落ち込む」ということがなくなっていました。
うつが少しずつ回復しているのもありますが、からだを動かすとか意識を他に向けているのもあって、人は人、自分は自分、とわけられるようになってきているのかなと思います。
メンタルを病むとどうしても情報に振り回されたり引きずられてしまいます。
なのでTwitterを見なくなってよかったです。
ヤミ垢は一旦やめて新しくキャンプや絵など自分の好きなものを伝えるアカウントに作り直すつもりです。全部消してしまってすっきり、になりがちですが、これまで書いてきたことはその時にしか書けないから残しておいたほうがいいと言われたので、何らかの形で残そうと思います。
あとは前向きにがんばってる人を参考にして自立に向けてがんばっていきたいです。
ツイッターをやっていた時期はブログをやる気力体力がなかったのですが、今はブログが書けるようになってきました。
まだ言語化や表現が下手ですが、思考の整理にとても役に立ちます。
書きたいことが沢山出てくるようになってきました。
書いたあとはまだ疲れるのでこれまで通り、書きたいことを書きたいときに書くというスタンスでいきます。